あと伸びする子育てとは!

 今、様々な舞台で日本人の若者が「異次元」と呼ばれる活躍を見せる光景が日常となっています。
その中でも代表的なのが、大谷 翔平 さんと 藤井 聡太 さんです。
野球と将棋、ジャンルは全然違うが、令和を代表する「天才少年」と言えば、この二人を思い浮かべる人は多いと思います。ともに7月生まれの次男坊。
子どもの頃から周囲に注目されてきたのに自分を見失うこともなく、着々と実績を積み上げているところも似ています。
二人の天才を育てた両親の姿勢には、どんな共通点があるのだろうか?
「頭ごなしに怒らない」「子どもの考えを否定しない」の2点が取材で分かったことです。
「なぜできないのか」「お前はだめだ」と言われた瞬間、子どもは強烈なコンプレックスを植え付けられてしまいます。
このような言葉が無ければ、子どもの個性を大きく育てることができるのです。
 子育ては「足し算」の発想になりがちですが、「超一流」を育てた両親の振る舞いをつぶさに見ると、「何をするか」ではなく「何をしないか」に深く注意を払っていることが分かります。
親は親、子どもは子どもと言う意識の下で、子どもたちの「やりたい」と言う意欲を重んじ、余計な口出しはしないことが大切なのかもしれません。

自分の花を咲かせる

 人は皆、天からその人だけの真実を授かって、この世に生まれてくる。
その真実を発揮していくことこそ、全ての人に課せられた使命である。
自分の花を咲かせるとは、この天真を発揮して生きることに他ならない。
 ある本の中で、このようなことが書いてありました。
オリンポスの神々が集まり、「幸せになる秘訣をどこに隠したら、人間がそれを見つけた時にもっとも感謝するか」を話し合ったそうです。
「高い山がいい」「いや、深い海の底だ」「それよりも地中深く埋めるのがいい」と議論されました。すると、一人の神が「人間の心の奥深い所に隠すのが一番だ」と言い、全員がその意見に賛成したという話です。
 幸せの秘訣は、人間の心の奥深くにある。
自分の花を咲かせる秘訣は、心の中にあるということです。
だが、心の奥深く隠されているが故に、秘訣に気づかぬままに人生を終える人も少なくない。どうすればその秘訣に気づき、自分の花を咲かせることができるのか。
 まず、自らの命の在り方について見つめなおしてみて下さい。
自分がここにいるのは両親がいたからであり、その両親にもそれぞれ両親があり、それが切れ目なく延々と続いて今自分はここにいる。
何処かで組み合わせが変わっていたら、あるいは途絶えていたら、自分はここにいない。
自分の命は自分のものではない。全て与えられたものだ。
その自覚こそ、自分の花を咲かせる土壌になる。

心配でなく信頼して任せる

 どんな親も子どもに望むのは「自立して欲しい」ということではないだろうか。
子どもの言いなりになることは、短期的には時間の節約になるかもしれないが、長期的には子どもの甘えを助長し、自立の足を引っ張っているのと同様です。
 自立を促すには子どもにどんどん任せていくべきだと分かっていても、「自分がやった方が早い」とつい手を出してしまったり、失敗しないようにと先回りしてしまったりすることがあるかもしれません。
 子どもの要望に応えなくてはいけない状況もあるだろうが、「要望に応えた分、わが子の自立は一日遅くなる」と認識して欲しい。
 とは言え、いきなり子どもに「今日から自分でやって」と丸投げしても上手くはいかない。
子どもが自分のやるべきことを自分事としてとらえ、無理なく自立を促すような日々の生活に根差したところから行動に移すことが大切なのかもしれません。

思いやりの気持ちを育む

 幼児期前期の子どもは、集団を意識することはほとんどありません。
集団の中で遊んでいたとしても、実際には一人遊びが中心です。
それが、3歳になる少し前から、ようやく他の子どもと一緒に遊べるようになります。
だからこそ、この時期に集団の中で、自分の働きかけによって他人がどんな気持ちになるのかを教えていくことが大切です。
 自己中心的な心のもち方から脱却し、集団の中の自分を意識し始める時期であり、他人との関係性を学ぶ時期です。
生命は自分だけのものではなく、父母や祖父母から伝えられてきたものであり、また草木や動物などの自分を取り巻く自然としても存在します。
 こうした「タテ」と「ヨコ」の生命のつながりに気づかせることも必要です。
自然に連れ出し、親子で一緒に遊ぶのは、生命の大切さを理解させる良い機会となるでしょう。