しんどくても努力は必ず報われる

 テレビを見ながら、頬をつたう涙が止まらなかったのは、私だけではなかったように思います。競泳の 池江 璃花子 選手が、4月4日に東京五輪出場を決めました。
白血病の公表から2年余り。自他ともに認める奇跡の復活劇、たゆまぬ努力で夢舞台の切符をつかみ、新型コロナウイルス禍や病気で苦しむ人々に勇気や希望を与えました。
レース直後のインタビューで、「自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていた。辛くても、しんどくても努力は必ず報われると思った。今すごく幸せ。」と涙ながらに、呼吸を整え、噛みしめるようにゆっくりと紡いだ彼女の言葉が、無観客で静まりかえった会場に響き渡りました。

 メダルが期待される中で病気が判明し、どん底から這い上がろうとする彼女の東京五輪出場は、多くの人が待ち望んできました。
日本中の期待が、白血病で心配に変わり、今度は新型コロナウイルス禍での希望に変わった。余りにもドラマチックで、言葉では言い表せない出来事です。
彼女の持つ身体能力や内面的な強さに加えて、夢へ一直線に向かう諦めない気持ちを全てエネルギーに変えたのでしょう。
逆境にも負けない逞しさや他の病気の人たちにも勇気を与える偉業に感動し、これからの彼女の人生そのものが、周りの人々にとっての素晴らしい教科書になるのではないかと感じました。

「幼児教育の父」倉橋 惣三に学ぶ

 日本における、大正から昭和期に活躍した教育者 倉橋 惣三 氏は、子どもの自発的な遊びを尊重する保育・教育を唱え、その理論は今でも政府方針などに生きています。
子どもたちは「自ら」育つ存在。だからこそ「自発的」「生活」「環境」が重要であり、子どもの内面に眼差しを向ける『心もち』が大切であると考えました。

 子どもは未熟な大人なのではなく、今を新しく切り開く開拓者のような存在なのだと思います。傍にいる大人に求められるのは、子どもたちが何を感じ、何をしようとしているのか、それを分かろうとする姿勢です。
子どもたちは、興味を持ったものを手に取り、叩いたり、なめたり、転がしたり、そうやって関わる中で沢山のことに気づいていきます。
その時、傍にいる大人が子どもの探索を止めず、子どもたちが感じていることや見つけたことを共感的に受け止めたとしたら、子どもたちの探索はさらに深まり、やがて探求へと進んでいきます。

「できること」、「できたこと」の結果による子ども理解ではなく、子どもの心が優先される大人の関わりが重要視されます。親の願い、保育者の願いに沿った行動を重視するのではなく、まず子どもの思いを黙って聞く、受け止める、存在を認める、存在を喜ぶ、子どもを優しく包むように接し、寄り添うことが大切です。
子どもは寄り添ってもらった体験、認められた体験から「自己肯定感」が芽生え、大人を信頼するようになります。

ありのままの姿を 受け入れることで 心が楽になり 関わることが出来る

「こうなって欲しい、ああなって欲しい・・・」と、親の願いは沢山あるけれど、目の前にいる子どもは、親の所有物ではありません。
「この子はこういう子なんだ・・・」と、ありのままを受け止めて、良いところを伸ばしてあげましょう。
それが、親にとっても子どもにとっても、一番幸せかもしれません。